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軽音楽をあなたに

ジャンルにこだわることなくこれまで聞き逃してしまった音楽を改めて拾い上げる。抜けていたパズルのピースを埋めるような。

1980年 五・八戦争 ”五木”vs”八代”

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 1980年に勃発した世界的な戦争といえばイラン・イラク戦争。石油の運搬利権を巡り両国の争いからはじまり、アメリカの”西側利益の確保”という名目での力ずくの介入によって8年という長引く結果を招いた。

ここ日本では”五・八戦争”と呼ばれる演歌興行における大きな権益を得る為に札束が飛び交うレコ大賞取りの争いが勃発していた。

1970年代に日本のエンターテイメント産業は”芸能界”という独自の土着システムが構築されて一大産業として成長を遂げる。成長ととも業界内の力関係や癒着、利権が生まれて金銭収賄や接待などにまみれていくこととなる。その最も頂点に位置したのが年末のレコード大賞である。レコ大獲得の効果は翌年の興行収入・ギャラの大幅な増収につながることになり収賄での支出などはすぐに回収できる効果があった。

 

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五木ひろし”二人の夜明け”オリコン最高位7位 売り上げ35万枚

八代亜紀”雨の慕情”オリコン最高位9位 売り上げ20万枚(その時点)

ヒットはしているものの平凡な売り上げであり、なぜかこの2曲がレコ大賞を巡って争ったということである。その年のNo.1ヒットは”ダンシングオールナイト”や”異邦人””大都会””順子”と言った今でも誰もが歌える大ヒットソングがある中での話である。

ちなみに前年のレコ大は”魅せられて”ジュディオングだった。これも西城秀樹のメガヒット”YOUNG MAN"を押しのけての受賞だった。(歌謡大賞はヒデキだったが)

そのように芸能ビジネスが大規模化すればするほど世間は公平性を求めるが、芸能界は利権の確保に力関係が、より強く働くこととなり歪みが表に見えてくることとなる。

しかし、芸能界は”格”を重んじたため、前年のジュディオング受賞の反省をもこめて

八代か五木に賞の受賞者を絞ったのである。これが”五・八戦争”である。

 

五木は1979年に”五木プロ”を発足して独立し、それまでの不振を取り返すように

”おまえとふたり”で100万枚、”倖せさがして””二人の夜明け”としあわせ3部作で

完全復活をアピール。一方、八代もレコ大を悲願し、最後のチャンスとして”舟唄”から

”雨の慕情”へそして”港町絶唱”と佳作を相次いでリリースしていく。

 

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ただセールス的には五木のほうが上であったことは確かであるが、結局、受賞者の理由には根拠がわからないのがこのレコード大賞でもあり、観客が参加しやすい楽曲であることと根回しの力の差で八代陣営に軍配はあがることになる。独立間もない五木陣営には裏側のビジネススキームが不足していたのかもしれないということである。

1980年の”五・八戦争”は教科書に載るような世界史、日本史を変えるような出来事ではない。が、日本の歌謡史においては大きな出来事であり、この結果はもはや邦楽消費の中心となっていた若者との世代間ギャップがはっきりしたターニングポイントとなった。

この行き過ぎた反省から、翌年以降はレコードセールスに重点を置く事になり、寺尾聡が”ルビーの指輪”で受賞した。