軽音楽をあなたに

ジャンルにこだわることなくこれまで聞き逃してしまった音楽を改めて拾い上げる。抜けていたパズルのピースを埋めるような。

ゲルニカ 改造への躍動

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1982年の作品。

細野晴臣による¥ENレーベル最大の注目となったゲルニカのデビュー作。

ここで描かれた昭和初期的な世界観はテクノとの相性が良いのかヒカシューやPモデルがすでに表現に加えていたが、ゲルニカの表現は、戸川純という個性が加わったことでよりエキセントリックかつ前衛的になったということである。たとえば、矢野顕子遠藤賢司あがた森魚など70年代のラグタイムミュージックの小ブームの中で表現されてきたことはあるし、あがたなどは内包する狂気をすでに表現していた。

ゲルニカは戸川のタレント力も手伝い、この表現をメジャーに押し上げたのである。

昭和初期、大正浪漫、モボモガ、社会主義、と

テクノ、童謡、少年コーラス団、猟奇性、おどろおどろしさ、アンダーグランドなどをブレンドしながらメジャーに表現した貢献は椎名林檎などに影響を与えることとなる。

 

 

佐野元春 ハートビート

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1981年の作品。1981年といえば、シティポップがついにニューミュージックの本流になりつつあり、それまで主流であったアリス、さだ、千春と言う御三家の人気が降下し始めた年である。

大滝や達郎が時代を作り始めると邦楽の音楽的な質はぐっと深みを増し、いわゆるシンガーソングライターも様々なスタイルが登場してきて、洋楽ファンも巻き込んで採算ベースに乗り始める。

そんな中では佐野元春の存在は、とてもカッコよかった。

歌詞の舞台がニューヨークの生活者みたいで行ったことのない外国を疑似体験できた。

朝ごはんはクロワッサンとミルク。

シャツの第1ボタンを開けて、レジメンタルの

ネクタイをラフに巻いたり。

寝ぐせを気にしながらハイスクールに行くような生活に憧れたり。

ビート文学に興味をいだいたり。

FMラジオを聞いたり。

ダンスパーティでお気に入りの彼女を気にしたり。

そんな垢抜けたボーイズライフをイメージさせるものがこのアルバムにはあった。

そんな存在もいなかったから、

佐野元春は男性ファンが多かったと思う。

言葉のチョイスや表現も活字で見てもカッコいい。

30年ぶりに聞きながらそんなボーイズライフを思いだしながら聞いている。

 

 

 

 

 

 

ティン・マシーン TIN MACHINE

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デビッドボウイの低迷期に突然出てきて、すぐに消えてしまった、プロジェクトのようなバンド。商業的にはボウイの最も低迷期だった故、

さほどですが、英国では3位まで上がってます。中身もシンプルなバンドサウンドでギターは、90年代グランジっぽさやソニックユースのようなノイズサウンドがカッコいいです。

そこら辺の若いオルタナバンドに触発されたのだと思います。

変幻自在はボウイの得意とするところ。

しかし、ボウイの時代はこの失敗によって終わりを告げたかもしれません。

なんとなく、ティンマシーン後は懐メロ歌手になってしまった。(遺作である、BLACK STARでカムバックするも。。)

 

デッド・カン・ダンス エデンの東

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1984年リリース。 4ADを代表するグループでまさにポストパンク〜ポジパンらしい音である。 ジョイディヴィジョンからの影響は強く感じる。 又、コクトーツインズ とはかなり似ています。 曲によっては大陸的、民族的なリズムサウンドを取り入れて、ダルシマーなどの楽器を使ったものもあります。 彼らはオーストラリア出身ですが、当然の如く、母国では受け入れられにくい音であるため、ロンドンに渡ってきたのでしょう。 バウハウスほどヒリヒリしたものは感じませんがコクトーツインズ ほど耽美ではありません。 ジョイディヴィジョンほど絶望感はなく 聴きやすい4ADバンドです。

コクトーツインズ GARLANDS

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1982年。コクトーツインズ のデビューアルバムです。私がコクトーツインズ の名前を知ったのは1984年くらい。高校3年の時。

バウハウス4AD、ファクトリー系、ラフトレードなんて言う言葉が音楽雑誌に登場するようになった頃。

ただこの手の記事はメジャー雑誌だと白黒ページの特集記事で掲載される事が大半。

当時、私はアンダーグランド的なシーンに憧れと好奇心から白黒記事を熟読しながら音楽を想像しながら楽しんでいました。

バウハウス、ジョイディビジョンだけは少ないお小遣いのやりくりで聴くことはできましたが。コクトーツインズ までは手が届かなかった。1980年中頃って若者がアートに対しても関心が高まっていて私もジャンコクトーなんて人を個人勉強したからコクトーツインズ と名前が気になって。

そんなこんなで30年経ってやっとガーランズに到達。

なんて懐かしい感じの音。

まさにこれこそ、ポストパンク、耽美、ネオサイケ、ポジパン

掴みにくくゆらゆら揺れるメロディ、ノイジーなギターと無機質なベースライン。

これがあの時代に確かにあった小さなムーブメントの象徴的な音。

当時、共感しあえる友人がいればとよく思いました。ネットがないから情報収集にはお金がかかるし。

わかっていたらもっと早く聴いてたなあ。

 

ザ・カルト ELECTRONIC

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 1987年リリース 全英4位全米38位というヒット作である。

カルトと言えば前作まではポジパン/ゴス系の人気バンドであったが、突然1987年に

全てをリセットしてクラシックなハードロックバンドにチェンジしたのである。

元々、彼らはドアーズやZEPPLINが好きだったようでこの転身は抵抗のないものであっったようだ。前年にはバウハウスの解散もありゴシック系のロックに対する人気が急激に下降してきた。その中でシスターズオブマーシーなども同様にMISSIONとしてハードロックへ転職していった。そして

このころからHR/HMの世界でも西海岸系HMは徐々に煮詰まり出してきて、ZEPPLINというキーワードが浮上してきたようなタイミングの時期でもあった。

このアルバムはそんな時代にうまくFITしたし、1曲目のWILD FLOWERのギターのリフを初めて聴いたときは誰が新鮮に感じたものである。

このアルバムはリックルーベンのプロデュースであるが、音のバランスがとにかくストレートにロックを感じることができる。

シンプルでギターの音、ドラムの音がしっかりと立体感を出している。この時代にはとにかく新鮮だった。

このアルバムからその後、レニークラビッツが出てきて90年代が始まっていったような気がします。

又、カルトはパンクとハードロックを結びつけた重要な役割を持っていてその後のグランジロックへの架け橋だったのかもしれない。

 

ブルーマダー/ SCREAMING BLUE MUDDER~フィルに捧ぐ

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1994年のジョンサイクス率いるブルーマダーのライブです。

ジョンサイクスはボーカルもかなりいけます。

フィルの声にそっく。歌い方も相当に影響を受けているようです。

シンリジィの曲はシックリとはまります。

ブルーマダーの曲もいです。

しかし”COLD SWEAT"

“PLEASE DON'T LEAVE ME""STILL OF THE NIGHT"”DANCIN' IN THE MOONLIGHT”

というホワイトスネイクやリジィの曲では聴衆も大きく盛り上がります。

そして

ジョンサイクスのギターはエキサイティングでハードドライヴィングして正にこれぞ!ロックギターという感じです。

作曲力もあり、豊かな才能を持った人ですが、ホワイトスネイク脱退以降はなかなか目立った活躍はありませんでした。

時代もヘヴメタの時代が終わってしまったことで過去の人になってしまったか。

しかし、たまにYOUTUBEでフィルやデヴィットの後ろでギターを弾きまくり、ステージを走り回る若き時代の姿を観るとギターヒーローという言葉がぴったりだった、と思います。

このライブ盤はブルーマダーの総集的なアルバムとして必聴の価値あります。

ジャケットもかっこいいですね。